大量生産(mass production system)
大量生産
自動車という一産業の歴史を超えてさらに時代をさかのぼると、20世紀の諸産業に普及した「大量生産システム」(mass production system)の源流を、19世紀のアメリカに見出すことができる。すなわち、19世紀半ばのイギリス人視察者が「アメリカ式製造システム」(American system of manufactures)と名付けて注目した生産方式である。
「アメリカ式製造システム」の定義にンしては、専門家の間でも議論があるが、一般には、「専用工作機械」(special-purpose machines:特定部品を作るために設計・製作された工作機械を連ねた加工プロセスによる「互換性部品」(interchangeable parts)の生産を示す。
このうち、特に重要な条件は「部品の互換性」である。これは、例えば別々に大量に作られたボルトとナットを部品箱からひとつずつ任意に取り出して合わせても嵌合する、という程度に高い寸法精度が、工作機械によって確保されていることをいう。
言い換えれば、専用工作機械で切削加工した部品を組み付けるのに、熟練した仕上げ工(フィッターと呼ばれる、やすりをもって部品のすり合わせを行う熟練工)による「やすりがけ」などの「すり合わせ作業」が不要である場合、その部分は「互換性」がある、と判定できるのだ。
これに対して、いわゆる「大量生産システム」は、前述の「専用生産設備」「部品の互換性」に加えて、「同一形状の製品・部品単価の大幅な低減」を特徴とする。したがって、「アメリカ式製造システム」の確立は、「大量生産方式」への道を開くことになる。そして、そのカギを握るのは、「部品の互換性」である。
しかしながら、本当の意味での「部品の互換性」は、概念では分かっていても、技術や経済性といった理由から、これを実現するのは容易でなかった。技術史家のハウンシェルは、このことを特に強調する(ハウンシェル(1998))。ハウンシェルによれば、銃の製造を通じて「互換性部品の生産」を確立したと従来いわれてきたイーライ・ホイットニーは、互換性のコンセプトは唱道はしていたが実行できていなかったし、拳銃のコルト社、ミシンのミンガー社、刈り取り機のマコーミック社など、「アメリカ式製造システム」の立役者と理解されていた代表的企業においても、真の意味での「部品の互換性」は実現していなかった。むしろ、19世紀前半のスプリングフィールド国営工廠におけるマスケット銃の生産など、国営軍需工場での小火器生産において、互換性部品の生産が実現されており、「アメリカ式製造システム」の本当の元祖はここにあったとするのが、近年の経営史家の見方である。
だが、こうした国営軍需工廠でも、互換性部品の「安価」で「大量」の生産は実現されていなかった。むしろ、「互換性部品」による銃の生産は、コスト高なやり方だったのである。銃の場合に軍が「部品互換性」にこだわったのは、おそらくは「部品が互換ならば、戦場で壊れた銃を解体し、壊れていない部品を再組み立てすることで相当数を迅速に再生できる」という軍事上の理由からであり、コスト低減と大量生産のためではなかった。したがって、軍は莫大な技術開発費をかけて互換性を実現したが、コスト的にはむしろ高くついた。
このように、19世紀のアメリカで「互換性部品」により「アメリカ式製造システム」を実現していた工場も、それをコスト低減と生産拡大には結びつけていなかったし、逆に19世紀の各分野でトップシェアを獲得していたミシンのシンガー社や刈り取り機のマコーミック社などは、互換性部品や低価格戦略に頼らず、むしろ製品政策やマーケティング面での成功によってその地位を確立していたのである。例えば、シンガー・ミシンの成功は、ヨーロッパ的クラフト生産方式による高品質・高価格製品を売り込むマーケティングや広告のうまさだったといわれている。
いずれにしても、「互換性部品」を武器にして「低価格化」と「大量生産」を実現する「マスプロダクション」方式は、19世紀の段階ではまだ出現していなかった。
結局、文字通りの「部品互換性」と「大量生産」を「専用工作機」を通じて実現し、これにより「製品の低価格化」を実現したのは、1910年代のフォード社(T型モデル)であり、その意味で「大量生産方式」を確立したのは20世紀初頭の自動車産業である、というのが、ハウンシェルを含め、今日の経営史家の多くが支持する説である。そして、「大量生産」実現のための最後の隘路を乗り越えるために必要なのが、有名な「移動組立ライン」方式だったのである。
table:生産マネジメント入門1 19~20世紀アメリカの設計・生産方式の変遷(設計共通化・製造互換性の視点)
モデル専用部品 モデル間共通部品(多モデル化対応) 世代間共通部品(モデルチェンジ対応) 企業間共通部品
部品互換性なし(概念は喧伝) E.ホイットニー(19世紀初め) シンガー・ミシン(19世紀後半) コルト銃 マコーミック(19世紀半ば) 自転車(1890年代)
部品互換性あり(十分な加工精度達成) スプリングフィールド銃(19世紀はじめ)
+大量生産・低コスト化 フォード方式(1910年代) GMのスローン方式(フルライン・年次モデルチェンジ 1920年代) 左に同じ 現代の自転車(オープンアーキテクチャ)